無人島シネマ

忘れてしまうには惜しい映画 および雑記

81. 東京画

f:id:desertislandmovie:20200625103056j:plain

引用元:Yahoo!映画

 

敬愛する小津安二郎監督の世界に触れようと、ヴィム・ヴェンダース監督が日本に滞在し、カメラを回しながら日本の風景、情緒を追い求める1985年のドキュメンタリー

 

 

滞在したのは83年の主に東京、この時期はバブルの前とはいえ、景気的には上り調子で社会的にも明るい時期だったはずだけど、ここで描かれる東京やそこに暮らす人たちの表情からはそんな様子は窺えない

 

ヴェンダースが思い描いていた「奥ゆかしい」小津映画の空気はもはやなく、その落差に愕然とする(時代を考えれば無理もないし、2021年の視点からすると83年と小津映画の時代を比較して嘆くというのも悲観的に過ぎる気はするけれど)

 

それにしてもヴェンダースが日本で興味を持つ対象が面白く、また一度興味を持ったらじっくり観察する様子も彼らしくて微笑ましい

 

 

例えばパチンコ屋を観察した後に、小津の墓参りに北鎌倉まで行き、陽が落ちて帰京してからも再びパチンコ屋をのぞいたり(もう閉まっていた)、ゴルフ練習場(ボールを穴に入れることを競うのに、どうして一打目ばかり練習するのか?と不思議でしかたなかったらしい)で、散々カメラを回してから夕食に出掛け、また練習場に戻る(日本のゴルフ練習場を不思議に思ったのは、「秋刀魚の味」を観たのだな、という様なこともヴェンダースが熱心な小津ファンということがわかって嬉しい)

 

確かに自分が海外に行った時にも、変なモノに興味を持って同じ様な行動をしたくなる(実際には時間の制約で叶わないことが多いけど、ヴェンダースがやってるとなると大いに勇気づけられる)

 

定食屋のショーケースに食品サンプルが並んでいる(食品サンプル自体もヴェンダースの目にとまり、後でサンプル工房を訪ねることになる)が、シーフードピラフ680円、ビール450円、スモークサーモン700円と並ぶ価格(当時は消費税も存在しない!)が、今とほとんど変わらないところに日本経済の長い停滞を感じる 

 

令和に暮らす日本人にとって、小津映画はもはやハリウッド映画よりも分かり難いものになっているかもしれないけれど、本作はその良い解説書になるだろうし、ヴィム・ヴェンダース(が小津映画のどういうところに惹かれて映画を作るようになったのか理解できるという意味で)作品をより深く理解するガイドブックにもなる

 

 

余談:

 

上記のゴルフ練習場は、今の東京ドームがある場所で「後楽園ジャンボプール」に併設されていた

 

元々、この場所は水戸徳川家の屋敷(二代目光圀が完成させた)だったものを、明治になってから政府が接収、東京砲兵工廠(ほうへいこうしょう)という鉄砲や大砲の工場として使われていた

 

その後、関東大震災で大きな被害を受け、砲兵工廠は九州の小倉に移転、元の場所に隣接する(現在のドームシティあたり)形で1933年に「後楽園スタヂアム」ができる

(ドームの場所にはしばらく何もなかったが、1949年に後楽園競輪場が作られる)

 

そして1973年に、都による公営ギャンブル禁止という方針のもと、後楽園ジャンボプールができ、1988年に東京ドームが併設される

 

何とも歴史を感じさせる場所だ

 

 

www.youtube.com