無人島シネマ

忘れてしまうには惜しい映画 および雑記

66. バッファロー66

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ヴィンセント・ギャロが監督、脚本、主演、音楽を手掛けた1998年のアメリカ映画

 

 

この作品を観る数年前、車を運転してニュージャージーからバッファローを通ってカナダに抜けたことがある

 

ニュージャージーからニューヨーク郊外に入り、開放的な田園風景の中をドライブすること数時間(6-7時間?)、バッファローに近づくにつれて殺風景になっていき、天気もどんより曇って閉塞感を感じた

 

本作の冒頭の陰鬱なシーンとその記憶が重なって、(まだ何もストーリーは動き出していないというのに)激しく共感してしまった

 

 

 

主人公のビリー(ヴィンセント・ギャロ)が刑務所を出て、両親の住むバッファローに向かうところからこの作品は始まる

 

ビリーは屈折した性格で、勉強も仕事もうまくいったことがなく、まともな友達もいない、それに加えて両親の愛情が極めて薄く、母親の口癖は「ビリーを出産したお陰で大事なアメフトの試合を観逃してしまった」

 

そこにネタとして笑いが含まれているなら救いがあるけれど、この一家の場合は真剣に息子への愛が薄い

 

実家に戻る前に両親に電話をかけ「今まで政府の仕事で何年も帰ることができなかった」と、嘘までついて両親の関心を求め続けるビリーは(実際には彼女さえ居ないというのに)、その場の勢いで「フィアンセを連れて帰る」と言ってしまう

 

 

 

それにしても希望の見えない、唯々寒い街として描かれるバッファロー

 

ヴィンセント・ギャロの故郷で、実際のキャラクター設定も、両親などは現実に近い(!)という

 

映像のテイストや音楽、ファッションで語られることの多い本作が、実は自伝的な渾身の一本だということは、本作がいつまでも廃れない理由なのかもしれない