無人島シネマ

毎朝7時頃更新 忘れてしまうには惜しい映画 と雑記

1445. 太陽を盗んだ男

引用元:filmarks.com

 

ローリングストーンズの初来日は、1990年の東京ドーム(10日間)

 

当時まだ学生で関西にいたけれど、周囲が盛り上がっている中で「(どうせステージは遠くてよく見えないだろうし)モニターをずっと眺めていてもしかたない」と理由をつけてライブには行かなかった

 

振り返ってみれば、当時は円高を背景に(1985年には1ドル240円だったのが、1995年には94円に)海外アーティストの日本公演が頻繁にあった

 

そのいくつかを観て、ステージとの距離に若干醒めてしまう時もあって「ライブは狭いところでないと」という信条が自分の中で出来たばかり(笑)だった

 

 

数年後にアメリカ(ニュージャージー州)でストーンズのライブに行く機会があり、駐車場でBBQしながら曲をかけている人たちを眺めながら、1990年の自分がバカだったことを痛感した

 

ステージとの距離云々ではなく、大事なのはお祭りの様に雰囲気をどれだけ楽しめるか(数日前からのワクワクも含めて)なのだとその時に理解した

 

その後、2006年、2014年と東京ドームでのストーンズのライブに行ったけれど、お祭りにしては高額なチケット代も、半分はお布施だと思って参加している

 

 

 

 

中学の理科教師として働いている誠(沢田研二)は、普段から無気力で勤務態度に問題のある教師だった

 

社会科見学として、生徒を引率してバスで原子力発電所を訪れていた誠は、火器を持った老人にバスジャックされてしまう

 

老人の要求に従って皇居に乗り付けたバスから降りた老人は、天皇陛下に物申そうとするも、警部の山下(菅原文太)に取り押さえられる

 

誠も無事ではあったものの、その日から彼は変わってしまい、学校のネットをよじ登ってみたり、授業では原爆の作り方について話すなどの奇行が目立つようになった

 

そして、東海村原子力発電所から液体プルトニウムを奪い、自宅のアパートで原爆を作り上げてしまう

 

誠は、それを抱えて国会議事堂に向かい、政府を脅迫すると同時に、交渉相手として山下警部を指名するのだった

 

最初の要求は、プロ野球のナイターを最後まで中継しろ、というもので、当日夜の巨人対大洋戦は、急遽最後までの中継となる

 

続く要求は、誠が好きで聴いているラジオ番組のDJゼロ(池上季実子)を巻き込んでのリスナーからのリクエストによって、ローリングストーンズの来日公演となった

 

 

という、なかなか強引なストーリーで、全体的に稚拙な印象が強いけれど、それをも上回る意欲と(それを許容する当時の世の中感)が漲っている

 

 

ちなみにストーンズの来日は、1973年(アルバム「山羊の頭のスープ」の年)にチケットが発売されるも、外務省が過去の大麻所持を理由に入国を拒否し、公演は中止されている

 

そしてもちろん、1979年には来日していない

 

 

明日は、アカデミー賞を総ナメにしたあの作品をご紹介

 

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