
引用元:shochiku.co.jp
1952年に公開された作品ながら、1939年に小津監督が中国戦線から復員後の第一作目になる予定だった作品ということもあって、時代感覚が良い意味で微妙なストーリー
一方で、今観ると「1952年の割に」モダンに感じられるシーンも多く、とはいえ未体験の自分に「1952年は、こういう感じだった」という感覚もなく、また描かれているのは一般よりも裕福な家庭という設定もあって、そうしたいろんな要素を「実際にはどうなんだろうなあ」とずっと想像しながら鑑賞
丸の内の会社の部長として忙しくしている茂吉(佐分利信)は、信州の生まれで、地味でも穏やかな暮らしを望んでいた
一方、妻の妙子(木暮実千代)は、都内の裕福な家庭に育ったお嬢様
家事も女中に任せっきりで、同じように退屈している学生時代の友人の高子(上原葉子)やアヤ(淡島千景)、そして姪の節子(津島恵子)らと集まって食事したり、街へ出かけたりして楽しみ、夫のことを「退屈な存在」として見ていた
年下の節子にとっては、妙子たちの様にはなりたくない思いがあり、見合い結婚ではなく、自分の目で「信頼できる夫」を見つけようと思っていた
そして、周囲からの勧めでやむなく行ったお見合いの席を、挨拶もせず中座してしまう
妙子の家に寄るも妙子は不在で、茂吉から執拗に見合いの席に戻るよう説得される
それでも決心の変わらない節子は、外出する予定だった茂吉につきまとい、一緒に競輪やパチンコをして過ごす
お見合いに同席し、大いに恥をかいてしまった妙子は、後でその話を聞き、茂吉に腹を立て、無断で神戸の友人宅に行ってしまう
ちなみに国立社会保障・人口問題研究所という機関が発表している、結婚年次別の恋愛結婚・見合い結婚推移では
戦前には見合い結婚が約7割を占めていたが、その後一貫して減少を続け、1960年代末に恋愛結婚と比率が逆転 その後も見合い結婚は20世紀を通じて減少傾向にあり、1990年代半ばに全体の1割を切って以降は低い水準で推移し、2010~2014年には5.5%にとどまっている
という記録が確認されている
最後に夫婦が和解するシーンで、
「今まで私、わからなかったの ごめんなさい あなた仰ったわね ”インティメイトでプリミティブな、遠慮や体裁の要らない もっと楽な気安さ” わかったの やっと今 馬鹿ね、私」
という妻の台詞に腰を抜かしてしまった、というか、耳と頭が追いつかなかった
こうした驚きが小津映画には時々あるけれど、大衆映画としての基盤ができている上でのスパイスなのか、或いは多少「ん?」と思っても、大筋で受け入れてくれる観衆だったのか
リアルタイムで体験してみたかった作品
そういえば「最もフィジカルで、最もプリミティブで、そして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます」という台詞が話題になった映画が昨年流行ったのを思い出した
明日は、婚約相手はちゃんと選ばないと、という映画をご紹介