無人島シネマ

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76. 僕たちは希望という名の列車に乗った

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引用元:Yahoo!映画


東ドイツについての映画作品は数あれど、当時のリアリティをわかりやすく(政治の恐ろしさも含めて)伝えてくれる作品といえば本作がまず浮かぶ

 

 

ポーランドとの国境に面した鉄鋼の街、スターリンシュタット

 

第二次大戦までは名も無い場所が、鉄鋼の街として急成長を遂げ、1953年にスターリンが没してから街にこの名前が付く(数年後にスターリン批判が起こり1961年にアイゼンヒュッテンシュタットと名前を変え、今に至る)

 

60-70年代には人口も増え続け、東ドイツを代表する工業都市になっていくことで(ある種理想的な発展地域として)この街の労働者は優遇されるようになる

 

 

例えば、東ドイツでは新品の乗用車(トラバント)を買うには10-15年は待たなければならなかったので、「子供が生まれたら(その子が成人した時に乗れるように)車の注文をしておく」という驚きの習慣があったというのに、この街では5-6年待てば手に入った

 

ところが1989年にホーネッカー書記長が失脚し、ベルリンの壁も崩壊、翌年には東西ドイツが統一されると、この街はその存在意義を失ってしまう、、、まさに東ドイツを象徴するかのような街が本作の舞台

 

 

 

時は1956年(まだベルリンの壁ができる前)、この街がどんどん大きくなっていった頃の話

 

スターリンシュタットのエリート高校に通うテオとクルトは、テオのお爺さんのお墓参りに西ドイツ(西ベルリン)まで出かける

 

その帰りに映画館に寄ったところ、本編上映前のニュース映像でハンガリーの民衆蜂起(ソ連の軍事介入で多くの人が犠牲になった)を見て、衝撃を受ける

 

翌日、教室で犠牲者を哀悼しようと級友たちに呼びかけ(多数決の結果、20人中、12人の賛成で)授業中に2分間の黙祷を行う

 

 

しかし、この「たった2分間の黙とう」が、生徒たちの人生を大きく狂わせることになってしまう

 

 

彼らの行為は、東ドイツでは「体制への反逆行為」とされ、国民教育相から生徒たちに、一週間以内に黙とうの首謀者を明かすこと、それに従わない場合は全員退学にすると通達される

 

自分たちの意志のままに信念を貫いて(進学を諦め)労働者として残りの長い人生を過ごすのか、或いは仲間を密告してエリート街道を歩むのか、(東ドイツでの既存の価値観で子供の幸せを強く願う父親や兄の強烈な圧力の中で)生徒たちは人生を左右する決断をしなければならなくなる

  

一番の衝撃は、この映画が実話ベースだということ

 

いくら学生とはいえ、いやむしろ頭の良い学生だからこそ、融通の利く社会ではないことを理解し、歪んだオトナが作った仕組みに眼をつぶり、就職をするまではおとなしく過ごすことはできたはずなのに、、、若者の情熱がそれを許さなかったのだろうか?

 

本作を観る限りは、そうではない気がする

 

生徒たちの黙とうを見た教師が激怒し、校長室に駆け込むも、校長は「子供のちょっとした悪戯だから」と説得する

 

そう、「ちょっとしたいたずら悪戯」

 

より正確に表現するにしても「ちょっとした反抗心」だろう

 

まさかこんなことで人生を棒に振るなんて思いもしない

 

 

ところが、その直前にこの話を聞きつけた別の教師が、「見過ごせないこと」と騒ぎ、群の学務局に通報していたのだった

 

派遣されてきた局員に対して、生徒たちは(西ドイツのラジオをこっそり聞いて知っていた)「黙とうは政治的な目的ではなく、サッカー選手プスカシュ(50年代に活躍した元ハンガリー代表)への追悼」と説明するも、局員はプスカシュの無事を伝える東ドイツの新聞を見せて生徒たちを論破し、ついには国民教育相のお出ましとなる

 

校長の様に救いとなるオトナも存在する一方で、真面目に(?)学務局に通報する教師も存在する

 

局員や教育相も軌道を逸しているのはもちろんながら、彼らは国家の指示に従うのが仕事と考えると、「通報した教師」の様な人たちが如何に迷惑な存在かと思う

 

日常生活の中でもこういう「正義のつもり」、「善意のつもり」な迷惑は割と存在するし、その被害から逃れて生活をすることは不可能に近い

 

何が「諸悪の根源」なのかはさておき、そういう迷惑な存在さえ無かったら、東ドイツの異常な管理下の下でも、少なくともこういう悲劇を生むことなく暮らせたかもしれない

 

 

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