無人島シネマ

忘れてしまうには惜しい映画 および雑記

64. 64(ロクヨン)

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引用元:amazon.co.jp

 

2016年の5月に前編、6月に後編が公開された

 

それほど気になっていたわけではなかったのに、前編を観た勢いで後編も劇場で鑑賞

 

トータルで約4時間になるけれど全然長さを感じさせなかった

 

今回、5年ぶりに観直してもその印象は変わらず

 

 

たった7日しかなかった昭和64(ロクヨン)年、その間に発生した少女誘拐殺人事件は、結果として少女の死亡、未解決という県警としては大きな汚点として14年が経過しようとしていた

 

時効も見えてきた平成14年、刑事として事件発生時の捜査にも加わっていた三上(佐藤浩市)は広報室の広報官になり、記者クラブの連中と情報公開ルールなどについて日々揉めていた

 

そんな中、ロクヨンを模倣したような誘拐事件が発生する

 

 

 

警察とマスコミ、上司と部下、刑事と広報、夫と妻、さらに娘などあらゆる関係の中でもどかしいやりとりが続く

 

設定から30年以上経った今では制度や常識が変わり、もどかしさも少しは減ったのかもしれないけれど、それでもまだ多くの不条理の中で泣いたり、苦しんだり、時には命を落としたりする人間の愚かさを感じさせる

 

エゴやプライド、慣習や体裁がどれほど日々の生活を生きづらくしているのか

 

戦後の日本の成長はこうしたある意味歪んだ組織力によって齎(もたら)されたと言えるだろうけれど、その陰にはこうした数多くの不条理、犠牲があったのだろう

 

 

重苦しい気持ちになる映画を何故わざわざ好き好んで二回も観るのか?と自分でも呆れながら鑑賞

 

 

今の30代以上は、昭和から平成、平成から令和、と元号が変わる瞬間を二回経験しているけれど、個人的にはいづれもちょっと恥ずかしい記憶がある

 

 

昭和から平成になる時には、元号が変わることがよく理解できていなくて

 

「また1月1日からスタート?」

 

などと、とんでもない勘違い発言をして笑われてしまい

 

平成から令和になる時には、(スーパーで買い物していたら)バイトらしき女性が先輩スタッフに

 

「令和になると消費税も変わるんでしたっけ?」

 

と真面目な顔で質問した場面に遭遇して、吹き出しそうになってしまった

 

 

特別なタイミングに絡んだ記憶は、何年経っても忘れないだろう

 

もっとまともなエピソードだったら良かったのに

 

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